ch 2. 有理数 , 環 と 体

201. 環




  本節ではとくに加法、乗法に着目する。前章の(1)から(9)までを表現と
 順序を少し変えて書いてある。「環」はZahlring(数の輪)の意訳であり、
 David Hilbertが最初に用いた用語であるという。



  

 (1) a+(b+c)=(a+b)+c               加法結合律
 (2) a+b=b+a                 加法交換律
 (3) a+0=a のような 0 が存在する。  0 の存在
 (4) a+x=0 は唯1つの解 x をもつ。  減法の導入
 (5) a(bc)=(ab)c                   乗法結合律
 (6) ab=ba                         乗法交換律
 (7) a(b+c)=ab+ac                  分配律
   (b+c)a=ba+ca   
                         環(ring)
  
(8) ae=a のような e が存在する。  e(単位元) の存在 (9) ab=0 であれば、 a , b のいずれかは 0 である。 整域(integral domain)

    これらの性質の中で(1)から(7)までの公理をみたす要素の集合を
    といい,(1)から(9)までの公理をみたす要素の集合を整域という.

    (4)のような x -a と表し、a+(-b) のことを a-b と表す。

    減法 a-b はこのようにしてはじめて導入されたことになる。

    前章の101節では加法、乗法に関する通常の諸性質が(1)〜(9)から 自然に導かれることを示したので、ここでは同じ論証は省略する。

 例1.偶数 2a の全体を R と表せば R は1つの 環 である。

      何となれば 偶数の和、積は偶数であるから R では
        加法、乗法の計算が可能であり、(1)〜(7) が満たされる。
    ただし、 1 は奇数であるから (8)を満たすような単位元
        e は存在しない。
       すなわち R は 環 ではあるが 整域ではない。

 例2.奇数 2a+1 の全体 R は 環 ではない。

       何となれば 2つの奇数の和は奇数ではないから 
       R の中には存在しない。
       したがって R の中だけでは加法の計算は不可能である。
       ゆえにR は環ではない。

 例3. ( a ,b は整数 )  の全体 R は 環 である。
 例4.多項式:a0 + a1x + a2x2 + ・・・ + anxn (ai は実数)
       の全体は環 である。

            これを(実係数の)多項式環 という。  401定理4→
          例1.〜例4.について(1)〜(7)を自分で検証してみよう。
     整数を 4 を法として考えれば個々の整数は 0 , 1 , 2 , 3 の
        いずれかと合同である。
     何となれば a  4 で割ったときに商 q が立って、剰余 r 
        が得られることを式で表せば
            a = 4q + r  r (mod 4)
    となり、r 0 , 1 , 2 , 3 のいずれかである。
     剰余が r となるような数 a = bq + r の全体を C(r) と表し、
        剰余 r に属する剰余類 という。
 
     C(3) の整数と C(2) の整数を乗ずれば C(2) の整数がえられる。
     これは
           (4q + 3)(4q' +2) = 4(4qq' + 2q + 3q' + 1) + 2  
    となるからである。
     このことを
          C(3)  C(2) の積 C(3)C(2) が C(2) に等しいということ
     にする。そうすれば、
     同様にして C(3)  C(2) の和 C(3) + C(2) C(1) に等しい。
 
     このようにして 4 を法とする剰余類 に加法、乗法を定義して
        1つのが得られる。

     この環を整数環における 4 を法とする剰余環 という。
     この環の加法と乗法の表はつぎのようになる。
   (ただし、剰余類の加法:たとえば
       C(3) + C(2) = C(1) 
    は右の表のように対応するものとする。)
 
 
この剰余環では C(0) が(3)式の
 0 に相当し、
C(1) が (8)式の e に相当する。

C(2)≠0 であるが
C(2)C(2) = 0 であるから (9)
       は成立しない。このように 0 でない要素を2つ掛けて 0 になる
       要素のことを 零因子 という。

    法 6 の剰余環では C(2)C(3) = 0 であるから C(2) , C(3) 
       零因子 である。

    以上の例で分るように (8) , (9) の関係はいつでも成立する
       とは限らない。

    (1)〜(9) をみたす環のことを整域という。  



 問
 201-1. 3 の倍数の全体は環あるか、整域であるか。
        
 201-2.1つの 整域 で a2 = a なる要素 a は
       単位元 と 0 のいずれかである。


   202. 有理数・体




 「体」はドイツ語の「Körper」でR.J.W.Dedekindが最初に用いた.
 日本では「体」と訳して「タイ」と読むが、英語では「body」は
 嫌われ「field」になった.サッカーやラグビーでいうfieldの連
 想だろう.言葉への感覚の相違である.


       整数 p,q の比 p/q  q  0のことを 有理数 という。
          有理数の全体を Q で表すことにする。Q は明らかに整域
         であるが、さらにつぎの公理をみたしている。

 (10) a≠0  ならば  ax = e  なる x  が唯1つ存在する。
      このような x a の 逆元 といい a-1 で表す。      (10) をみたす整域のことを 体(field) という。       したがって、有理数の全体Qは整域であるばかりでなく、    1つのを形成する。      ・は加、減、乗に関するかぎり常識的な性質をもつ要素の集合 であり、      ・整域はさらに日常取り扱われる性質をもつ集合であり、      ・は4則の全体について全く通常の性質をもつ代数系である。     0 を定義している。    整域 e を定義している。    a-1 を定義している。     加減乗までできるのが環、整域, 割り算までできるのが    といえば、一応の理解への手がかりになるだろうか ?       ここに代数系とは環、整域、体あるいは次章で導入する    群(これは乗法だけを演算にもつ集合である)のように若干の    演算をもつ集合のことをいう。
 例1.

     整数環における5を法とする剰余環は体である。

     何となれば 0 の類である C(0) 以外の類
      C(1),C(2),C(3),C(4) が逆元をもつ
     ことを示せばよいのであるが、

    C(1)C(1)=C(1),C(2)C(3)=C(1),
      C(3)C(2)=C(1),C(4)C(4)=C(1) 

     なることが容易に示されるからである。

    たとえば
     C(2)C(3)=C(1) は
     2・3≡1(mod 5) から明らかである。


 例2.

   整数環における6を法とする剰余環は体ではない。

  何となれば C(2) は次の等式からわかるように逆元を
   もたないからである。

   C(2)C(0)=C(0) , C(2)C(1)=C(2) , C(2)C(2)=C(4) 

   C(2)C(3)=C(0) , C(2)C(4)=C(2) , C(2)C(5)=C(4)  

  すなわち C(2) にどのような類を乗じても C(1) に
  なり得ないからである。



 例3.実数の係数をもつ有理関数(2つの多項式の比)
       の全体は体である。


       1つの 体Kの要素の一部分kがそれ自体1つのを形成することがある。

       このときKをkの拡大体、kをK部分体という。

          たとえば、a + bi ( a , b は有理数,i2 = -1 ) の全体を

       Kとすれば、K は整域であることは容易に分るが、

       a + bi ≠0 ならば、a + bi が逆元をもつことは 

               

          なることから分るからKは1つのである。

        K の要素で b = 0となるものの全体はとりも直さず有理数体Qであるから

        Kは有理数体 Q の (iの添加による)拡大体であり、QはKの部分体である。

                                          401.代数方程式と体 →



 
 203. 有理数体 の 構成

  整数全体の作る環を Z とする。Z は1つの整域でもある。   前節では、有理数は既知のものと考えたが、 本節では整数だけを  既知のものと考えたときに有理数を構成することについて述べる。   本節は一応飛ばして読んでも差し支えない。

     さて、

     Z の要素 a , b の組 (a,b) ( b ≠ 0 ) の全体 において、
       同値(という関係)を次のように定義する。


 (a,b) 〜 (c,d) とは ad = bc  のことである
    そうすればこの関係はつぎの 同値律の3つの法則 に従う。     ・反射律 (a,b) 〜 (a,b)     ・対称律 (a,b) 〜 (c,d) ならば (c,d) 〜 (a,b)     ・推移律 (a,b) 〜 (c,d) かつ (c,d) 〜 (e,f) ならば (a,b) 〜 (e,f)     証明について簡単に述べる。     ・反射律:明らか。    ・対称律:(a,b) 〜 (c,d) は ad = bc なること          (c,d) 〜 (a,b) は cb = da なること     に注意すれば正しいことが分る。    ・推移律:仮定の2式により ad = bc , cf = de だから          第1式に f ,第2式に b を乗じて    adf = bcf , bcf = bde ∴ adf = bde         (c,d) において d ≠ 0 であるから、          簡約律( cf:101.(13))により d を約して   af = be ∴ (a,b) 〜 (e,f) // 証明自体は別段オモシロクも何ともありません。                     ( a , b ) は 分数 a/b = ab-1 に相当する概念を整数だけを 既知とし除法を未知であるものとして導入した記号である。また、    (a,b) 〜 (c,d) 即ち ad = bc ab-1 = cd-1 を除法を用い    ないで表したものである。      以上によって有理数の概念は整数の除法を用いない性質だけで論      じられることが分った。      さらに進んで (a,b) , (c,d) の和、積をつぎのように定義する。
 
  (a,b) + (c,d) = (ad + bc,bd)

    (a,b)(c,d) = (ac,bd)
以上において 〜 の関係で同値な組の全体(すなわち1つの 類 ) は1つの有理数を表すものと考え、和と積を上のように定義すれば 次のようにして1つの が得られていることが分る。  単位元の存在     a,b 0 でなければ (a,a) 〜 (b,b) なることが容易に分り、 (a,a)(b,d) = (ab,ad) 〜 (b,d) なることから (a,a) の属する類を任意の類に乗じても始めの類に等しく   単位元の役をつとめる。    始めに述べた事実 (a,a) 〜 (b,b) は単位元の役をつと   める (a,a) , (b,b) , ・・・・・ 等が同値なものは区別しないもの     とすれば本質的には同じこと、        (即ち 類 C(a,a) = C(b,b) = ・・・) したがってこのようにして単位元が1つだけ得られていること     を示す。 逆元 の 存在: (0,b) + (c,d) = (bc,bd) 〜 (c,d) であるから (0,b) の形の元は 零元 の役をつとめる。     したがって 逆元の存在( 202.(10) に相当する関係 ) は     (a,b) において a≠0 ならば      (a,b)(x,y) 〜 (c,c) のような x , y , c が存在する。”   と云い表される。そのためには    (a,b)(b,a) = (ab,ab) なる関係を考慮に入れれば十分である。   少し難しくなってきたが・・・・・・より簡単に・・・、    ( a , b )は単に2つの 数abを横に並べた組( ordered pair )   であり、,a/b,,a割るbなどの分数を形を変えて表した   ものである・・・と思えば・・・分数や割り算と同じ仕組みであるから   少し分りやすくなるのではないだろうか・・・・・・。      このようにして得られた類 C( a , b ) を元とする体 P は、      整数環 Z と類似な構造をもつ部分集合 Z~ を含む。      何故かと云うと、        Z の元 a ( ac , c ) の属する類 C( ac , c ) を対応      させればよい。       ここに c Z の 任意の 0 でない元である。       このような対応を a →a~ = C( ac , c ) と表すとき、      次のような事実が成立する。

 (11) C(ac,c)=C(ad,d)( 即ち(ac,c)〜(ad,d) )

 (12) a~=b~ならばa=b     
  ( 即ち異なるa,bが下図の左のように同じa~=b~に対応しないで
       右のように対応する。

 (13) a+b→a~+b~( (a+b)~=a~+b~と書いてもよい)

 (14) ab→a~b~ ( (ab)~=a~b~と書いてもよい
     上の関係の中で (14) だけについて証明を与える。      abに対する像 a~b~は=C(abc,c) であり、      a~,b~ はそれぞれC(ac,c) , C(bc,c)であるから       (abc,c)〜(ac,c)(bc,c)を証明すればよい。      右辺は (acbc,cc)〜(acb,c)であるから左辺と同じ類に属する      こととなり、証明が終る。//    以上からZZ~は所謂1対1の対応をなし、(13),(14)によって      加法、乗法に関する限り全く同じ構造を持つことが分った。   

    このことをZとZ~が同型 

    であると云ってZZ~と表す。

    以上の結果を図示すれば右図の

    ようになる。
  数学では混同の恐れのない場合は類似の性質のもの (とくに同型な代数系)を同じものと考えることが多い。

    たとえば、黒板の上に書いた 3 と紙の上に
   書かれた 3 とは異なるものであるが、数学的な
   考察においては同じものと考えても混同を生ずる
   ことはない。
   このような意味で ZZ~ は本質的には同じも
   のと解釈すれば上の図は右の図のようになって、
  整数の環が1つの体の中に部分環として含まれることが分った。   以上の証明には整数環が整域であることだけの事実を用いている ことに注目すれば つぎの定理が得られる。   定理:任意の整域を含む 体 が必ず存在する。   このような 体 のことを 始めの整域の 商体 (field of quotients) という。



203-1.a + b ( a , b は整数 ) の全体は環である
       ことを示せ。また、
    a + b ( a , b は有理数 ) の全体は体であ
       ることを示せ。
        
203-2.6 を法とする剰余環で、加法および乗法の表を作れ。

203-3.有理数体 Q の要素の組 (a,b) の全体につぎのよう
       に加法と乗法を定義すれば 体 となることを証明せよ。
    (1)   (a,b) + (c,d) = (a+c,b+d)
       (2)   (a,b)(c,d) = (ac-bd,ad+bc)  

203-4.a , b を有理数とするとき a + bi → a - bi なる
       対応は同型対応であることを示せ。