ch 4.  体 ( field )    

401. 代数方程式と体



   1つの体 k の元 a1,a2,・・・,an を係数とする多項式
             φ(x)=a1xn+a2xn-1+ ・・・ +an-1x+an 
  の根を求めることは係数 a1,a2,・・・・・・,an から或る操作によって
  求めることである。この操作の難易の度合いを体の思想によって
  ある程度いい表わすことができる。本節と次節は方程式の解法
  の性質の関係を見出すのが目的である。


   今 φ(x) は体 k において既約な多項式であるとし、方程式 φ(x)=0 

    の根の1つを α とする。

    また、k と α を含む最小の体を k(α) と表すことにする。

    したがって、 k(α)は 

         kの元を係数にもつ多項式f(α),g(α)の比:f(α)/g(α)   (*1)

    の全体である。                            体の復習 →


  例1.

     k を有理数の作る体とする。

      φ(x)=x2+1 ならば i はφ(x)=0の根の1つである。

     k(i) の任意の要素は有理数を係数に持つ多項式 f(i),g(i) 
     の比 f(i)/g(i) である。このとき、

           f(x)=q(x)φ(x)+r(x)  
           ( r(x)はφ(x)よりも低次の多項式 )

     とおけば φ(i)=0 なることから 
        f(i)=q(i)φ(i)+r(i)=r(i)
     が得られる。
   r(x) は2次式 φ(x) よりも低次の多項式、すなわち
     高々1次の多項式であるから
             r(i)=a+bi ( a,b ∈k )
     の形に書くことができる。同様にして、
            g(i)=c+di ( c,d ∈ k ) 
  と書くことができるから

            
    すなわち 

        k(i)は a+bi (a,b∈k) の全体からなる集合である。
上の例で述べた事柄は一般の k(α) についても同じように成り立つ。 すなわち

 定理1.

  φ(x)を体 kの元を係数にもつ n次の既約多項式であり、 
 αをその1つの根とすれば k(α)の元はすべて

      c0+c1α+c2α2+ ・・・ +cn-1αn-1

  の形に唯1通りに表される。( ciはkの元である。
          
定理2.→   証明      ( 定理の前半 )


  k(α)の元がc0+c1α+c2α2+・・・・・・ +cn-1αn-1の形であること・・・


 k(α) の元はすべて (*1) すなわち f(α)/g(α) の形に書ける。

  今 g(x) と φ(x) の最大公約数を d(x) とすれば、
   d(x) は既約多項式φ(x) の約数であるから φ(x)または 1である。

    もし d(x) = φ(x) ならば
        g(x) = φ(x)h(x)  したがって  g(α) = φ(α)h(α) = 0 
       であるから g(α) は (*1) の分母にはなり得ない。
    したがって g(x) と φ(x) の最大公約数 d(x) は 1 である。

     更に、
      「 g(x)とφ(x) の最大公約数が 1 ならば 
 
                a(x)g(x) + b(x)φ(x) = 1      (401-1→)

       のような多項式 a(x),b(x) が存在する 」からxにαを代入して 

                 a(α)g(α) = 1  ( b(α)φ(α) = 0 )
       が得られる。

  したがって k(α) の要素 f(α)/g(α) は

    f(α)/g(α) =  f(α)a(α) = h(α)  ( 即ち α の多項式 )

  の形に書くことができる。

  つぎに h(x) を φ(x) で割った商を q(x)、剰余を r(x) とすれば

         h(x) = q(x)φ(x) + r(x) 

       が成立し、
           h(α) = q(α)φ(α) + r(α) = r(α)
     なる等式が成り立つ。

     r(x) は φ(x) より低次であるから k(α) の要素が

      c0 + c1α + c2α2 + ・・・・・・ + cn-1αn-1   ・・・  (*2)

  の形に表されることが分った。   //
     ( 定理の後半 )
  
   ・・・ 唯1通りであること


  を証明するため k(α) の元が2通りに(*2)の形に書けたものとし

   て、もう1つの表し方を

      c'0 + c'1α + c'2α2 + ・・・・・・ + c'n-1αn-1  ・・・  (*3)

   とすると、(*2)と(*3)は共にk(α)の1つの元を表しているのだから

     b0 + b1α + b2α2 + ・・・・・・ + bn-1αn-1=0 (bi=ci-c'i)

   なる関係式が得られる。

          ψ(x) = b0 + b1x + b2x2 + ・・・・・・ + bn-1xn-1

   とおけば  α は ψ(x) の根であると同時に φ(x) の根でもある。

   前と同様に ψ(x)とφ(x) の最大公約数は 1 またはφ(x) であるが、

   ψ(x) は高々 n - 1次式だから n次の多項式φ(x)を約数に持つこと

   はできない。

    したがって ψ(x) と φ(x) の最大公約数は 1 となり、

      a(x)ψ(x) + b(x)φ(x) = 1

   のような多項式a(x),b(x) の存在が示され、x=αとおいて 0 = 1

   なる矛盾に導かれる。   //
  これで定理1が証明された。      //     上の証明を吟味することにより次の結果が得られる。

 定理2.

      φ(x)は体 kの要素を係数にもつ n次の既約多項式であり、

    φ(α)=0 とする。このとき、

     f(x) が k の元を係数に持つ多項式であるとすれば、

     f(α)=0 なるための必要かつ十分な条件は

     f(x)がφ(x)で割り切れることである。

  証明        ( 所謂 因数定理であり、その証明である。)

  f(x)がφ(x)で割りきれればf(α)=0なることは明らかである。

  逆にf(α)=0であリ、かつf(x)がφ(x)で割り切れないならば

  f(x),φ(x)の最大公約数は(φ(x)にはなり得ないから)1である。

 したがって前定理の証明と同様に

       a(x)f(x)+b(x)φ(x)=1

 なる関係が得られ x=α とおくことにより   0=1 

  なる矛盾に導かれる。 //
   k(α) のことを k に α を添加した体(拡大体)という。 定理1.→     一般に Kが kの拡大体であるとき、Kの元で kに関して1次独立 な元の個数の最大数 mKの kに関する次数といい、[K:k]と表す。     [K:k] = m なるとき Kの元 α12,・・・・・・,αm で kに関して 1次独立なものを Kの kに関する底(基底 base) という。     αを n次の既約方程式φ(x)の根とすればkに関して1次独立な元は     定理1によって 1,α,α2,・・・・・・,αn-1 のn個だから [k(α):k]=n     である。すなわち、[k(α):k]はφ(x)の次数そのものである。    [これまでの要約と補足]

  (1) n次の既約方程式φ(x)の1つの根αについて、
       1, α, α2, ・・・・・・, αn-1
    は1次独立であり、kの拡大体k(α)の元はすべて  
               c0+c1α+c2α2+ ・・・ +cn-1αn-1
    の形(1次結合)に一意(1通り)に表される。

  (2) k(α)のkに対する次数[k(α):k]はφ(x)の次数nに等しい.
    すなわち、[k(α):k]=n .

    (3) 1, α, α2, ・・・・・・, αn-1 が1次独立であるとは、
  c0+c1α+c2α2+ ・・・ +cn-1αn-1=0 ⇔ c0=c1=c2= ・・・ =cn-1=0
        が成り立つことをいう.

    (4) 任意の n+1 個のk(α)の元が1次従属であるとは
    1つの元が他のn個の元の1次結合で表されることをいう.
   kにαを添加した体k(α) にさらに βを添加した体をk(α,β)と表す. これは k の元を係数に持つ α,βの多項式の全体の作る体である.    同様にして k(α,β,γ)等を定義できて、つぎの関係になる.   k⊂k(α)⊂k(α,β)⊂k(α,β,γ)⊂・・・    401-2→    これに対してk(α)のように唯1つの元を添加した体のことを 単純拡大体といって区別する.このとき、αをk(α)=Kの生成元 という.                           402th6→ 次の用語の意味を上の文章の中から読み取って考えよう.       体:既約多項式:拡大体:1次独立:1次従属:底(base):       単純拡大体:次数:生成元:

 定理3.

  k⊂K⊂L なる3つの体があり、Lのkに対して

 1次独立な元の個数が有限ならば次の公式が成り立つ. 

        [L:k] = [L:K][K:k].

           ( このとき KをL,kの中間体という.501→ )
     証明:   ( 一見大掛かりな証明だが、分りやすいと思う. )
  
   Lの kに対する1次独立な元の個数が有限なとき、[L:k]<∞ 
  と表す. 

   Kは Lの部分体であるから Kの元の kに関して1次独立なもの
  の個数(次数)[K:k]は[L:k]を越えないから [K:k]<∞である. 

   次に Lの元で Kに関して1次独立な元は、kの元が
    Kに含まれることに注意すれば、kに関しても1次独立である. 
     したがって [L:K] ≤ [L:k] < ∞である. 

    さて [K:k]=m , [L:K]=n はいずれも有限であるから 
      Kの kに対する底 α12,・・・・・・,αm および
      Lの Kに関する底 β12,・・・・・・,βn が存在する. 

    このとき mn 個の元 αiβj ( 1≤i< m,1≤j < n  )  
  が Lの kに関する底であることを示せば定理が証明された
    ことになる. 

   そのためには Lの任意の元が kの元を係数にもつαiβj
    の1次結合となること 及び αiβjが kに関して1次独立
    であることを示せばよい. 

     Lの Kに関する底が βjであることから Lの任意の元は
        ujβj ( uj ∈K )
       の形に唯1通りに表わされる. 
       ここに Kの元 ujは Kのkに関する底αiによって1通りに
        uj = cijαi (cij∈k)
       の形に表わされる. 

    以上の2つの結果を組み合わせてLの元は 
          ujβj=cijαiβj=cijαiβj  
    の形に表わすことが分った. 

  次に αiβj が1次独立なことを示すため
      cijαiβj = 0   ( cij∈k )           (*1)
    であると仮定すれば、
            cijαiβj=ujβj= 0  ( uj=cijαi∈K )
    βjがLのKに関する底であり、したがってKに関して1次独立
    であることから
         uj = cijαi = 0
    αiはKのkに関する底であり、したがってkに関して1次独立
    であることから cij = 0    (*2)

    すなわち (*1) から (*2) が結論されて

       αiβj が k に関して1次独立

  なることが証明された.       //
    
   例2.kを有理数体とし、kにおいて既約な代数方程式
         x4 - 2x2 + 9 = 0                  
        の根の1つをθ=+i とすれば k(θ)のkに関する 
        1つの底は定理1.から 1, θ, θ2, θ3 であり、
     [k(θ),k]=4 である. 

         ,   

        であるから  ,i はk(θ)の元である。  (401-3 →)

     は x2 - 2 = 0 の根であるから
     k() = K は k に関して2次の体である. 

        また i は実数からなる体 k()の元とは成り得ず、
    一方 x2+1=0 の根であるからK(i)=k(,i)=L はKに
    関して2次の体である。

    上の定理から [L:k]=[L:K][K:k]=2・2=4 であり,
        また L=k(,i)⊂ k(θ)
    から図のような関係が得られ

      4=[k(θ):k]=[k(θ):L][L:k]=[k(θ):L]・4

        なる等式により  [k(θ):L] = 1  

       すなわち 実は k(θ)=k(,i)=L なることが分る. 

   以上から 
       と i の添加による k の拡大体 L は k(θ)そのもの
      である. 

   すなわち、
       k に関して4次の体 k(θ) が2次の体 L/K , K/k を
      積み重ねることにより得られることが分った。例3.→
        ( K/k は kの拡大体としてのK を表すものとする. )
    ただし、4次の体が常に2次の体を積み重ねて得られる
      とは限らない.                           402th6→
 


  定理4.

    φ(x) を k の元を係数にもつ既約多項式、
    α,βをφ(x) の2根とすれば k(α),k(β)は 
    kの元をそれ自身に対応させるような対応
      (kの元を動かさない対応ともいう)
  において同型( k(α)k(β) )である. 
                               例4→ 401-6→
   [ 402の単純拡大体へ続く準備である。]
  
 証明:k(α)とk(β) が適当な対応により定理で述べたような
    同型対応をすることを示す.  

    kの元を動かさない対応 σ:k(α)→k(β) によって

      k(α)の元 f(α)=a0+a1α+a2α2+・・・+an-1αn-1
                                ( a0,a1,・・・,an-1∈k )
    が k(β)の元 f(β)=a0+a1β+a2β2+・・・+an-1βn-1 

    に写されたとする.すなわち、σ(f(α))=f(β) とする.

    このとき、σが体k上の同型対応であることを示せばよい.

   u=a0+a1α+a2α2+・・・+an-1αn-1
     v=b0+b1α+a2α2+・・・+bn-1αn-1 (ai,bi∈k) とおくと、

  先ず、σ(u+v)=σ(u)+σ(v) であることは直ちに分る. 

  つぎに、g(x)=a0+a1x+a2x2+・・・+an-1xn-1
            h(x)=b0+b1x+b2x2+・・・+bn-1xn-1
    とおくと、
      σ(u)=g(β) , σ(v)=h(β) ・・・@
    である.

  そこで、g(x)h(x)=s(x)φ(x)+r(x) , degr(x) < n 

  とおくと、α,βはφ(x) の2根 だから

     uv=g(α)h(α)=s(α)φ(α)+r(α)=r(α) 

      ∴ σ(uv)=σ(r(α))=r(β)=g(β)h(β) ・・・A

  @、Aより、σ(uv)=r(β)=g(β)hβ)=σ(u)σ(v)

    が成り立つ.

   また、

  kの元cにはそれ自身が対応すること、すなわち c→c なる

  ことは明らかである(kの元はαの0次の多項式と考えられ

  ることに注意).

    以上によってσは体k上の同型対応である.     //
   上の定理で述べたように k(α) と k(β) が k の元をそれ自身に対応させる対応(つまりkの元を動かさない 対応)で同型であることをkに関して同値であるといい、そのよ      うな対応のことをk-同型対応 という.   402定理8→ 501→

  例3.

    k を有理数体とするとき 
    k(i)/kは2次の体で、iの満足する既約多項式は 
     φ(x)=x2+1=0             例2.→
    であるから、
         f(x)∈k[x] なるとき f(i) → f(-i)
    によって k(i),k(-i)はkに関して同値 である. 

  k(i) の元は前に述べたようにすべて a+bi ( a,b∈k ) 
  の形に書くことができるから k(i),k(-i)の間の同型対応は
    各数を共役複素数に写す同型対応:
        a+bi → a-bi
    であると考えてよい. (このとき、kの元a,b は動かない.)
      この例では実は k(i)=k(-i)であるから上の同型対応は     k(i)自身の中での元iの置換である.       このように1つの代数系の自分自身の内部での同型対応の     ことを自己同型対応という.     402例1(1)→ 501→

  例4.

     k を有理数体とすれば φ(x) = x3 - 2 は kにおいて
    既約な多項式で、その根は
        α= , β=ω , γ=ω2
                    ( ω:ω3=1,ω≠1 )
    である。 定理4.によって k(α),k(β),k(γ) は kに
    関して同値である.  

     β は虚数であるから、実数ばかりから成る体 k(α) 
    の元ではあり得ない. 
  したがって、
   k(α)からk(β)への同型対応は自己同型対応ではない.
     k(β)からk(γ)への同型対応は自己同型対応である.
       一般に φ(x)が k[x]の既約な多項式であり、その根が     α,β,γ,・・・・・・ であるとき、k(α),k(β),k(γ),・・・     を kに関して互いに共役な体という.        また、それらの元 : f(α),f(β),f(γ),・・・     も kに関して互いに共役な元という.       共役な体はφ(x)の次数だけ存在するが、例3でもみたよう        に異なる記号で表された共役な体が一致することがある      (自己同型対応)ことに注意しなければならない。    402th8→ 402例1(2)→ 501→   次の用語の意味を上の文章の中から読み取って考えよう.    mn個の元:2次の体:既約多項式:同型:多項式環:       kに関して同値:k-同型対応:自己同型(対応):       共役な体、共役な元:共役な体の一致:中間体:       


 401-1.定理1の証明で使われている命題に関連して:

    「 g(x) と φ(x) の最大公約数が d(x) ならば 
                a(x)g(x) + b(x)φ(x) = d(x)
          をみたす多項式 a(x) , b(x) が存在する.  」

    を証明せよ。                   定理1→
  401-2.
      (1) [k(α),k]=2 のとき、K(α)の元を表せ。
   (2) [k(α),k]=3 のとき、K(α)の元を表せ。
      (3) [k(α,β),k]=2 のとき、K(α,β)の元を表せ。
      (4) [k(α,β),k]=3 のとき、K(α,β)の元を表せ。
      (5) [k(α,β),k]=4 のとき、K(α,β)の元を表せ。
                                     要約と補足→

  401-3.
      (1)  x4 - 2x2 + 9 = 0  を複素数の範囲で解け. 
      (2)  θ=+i とするとき、
            ,   
           を導け。
                                        例2→
  401-4.
     φ(x)=x3-6x2+4x+2=0 の根を αとするとき、
      次の元を底 1 , α , α2 によって表せ. 
     α4 , α6 ,  α + 1/( 1 + α)

  401-5.次の数が満足する有理係数の方程式を求めよ. 
        1+ , 2+ , +
      (ヒント:たとえばα=2+ ならば (α-2)3=2 
       であることを利用せよ. )

  401-6.2つの体が同型であるとはどういうことか?
                                          定理4→

  401-7.同型、同値、共役の違いについて考えよう.
                                          例4→